真如寺 (京都市北区) (Shinnyo-ji Temple (Kita Ward, Kyoto City))
真如寺(しんにょじ)は、京都府京都市北区 (京都市)等持院北町に存在する臨済宗相国寺派の寺院である。
山号は万年山。
鹿苑寺・慈照寺とともに相国寺の3つの山外塔頭を構成する寺院の1つである。
十刹第8位、後京都十刹第3位。
開山は無学祖元。
無学祖元の死後の弘安9年(1286年)、彼を慕う如大尼(安達泰盛の娘・金沢顕時の妻で本名は千代野であると伝えられている)が無学の塔所として「正脈庵」と呼ばれる庵を築いたのが始まりとされている。
暦応3年(1340年)に高師直が庵を東側に移して寺院として整備して、この際に真如寺と命名された。
翌年8月23日_(旧暦)に十刹に加えられるなど、室町幕府の手厚い保護を受けた。
だが、寛正2年(1461年)に焼失後、応仁の乱の混乱もあり、寺は事実上の廃寺状態となったが、
江戸時代に入った明暦2年(1656年)に後水尾院によって再興されて、以後相国寺に属することになった。